「あのう……、わたしは今、頭の中にある電話に向かって話しかけているのですが……」
前回に引き続き乙一さんですが、これは私の選択ではなく以前に話した職場のおばちゃんがものすごい量の本を貸してくれたからだったり。正直、もう既に読んでいる本もあれば源氏物語とかもう触れ飽きた古典もある。
だが、せっかくの機会なのでえっちゃら読んでいたりするのだった。借り物なので読んだ順とか関係なく、読み終わったら即感想と行こうと思う。
今回は前回の『さみしさの周波数』と重なって収録されている作品があるので、それについては省略します。
■Caling You
携帯を持っていない少女・リョウは携帯を頭に思い描き続けていたところ、その頭の中の携帯が北海道に住む少年・シンヤと繋がってしまう。
二人の間には一時間という齟齬があったが、それに不自由はなくお互いのことを知った二人は実際に会うことを決める。
しかし、実際に会う前にシンヤはリョウを交通事故から救って死んでしまう。シンヤを助けるため、リョウは嘘をつく。
映画『きみにしか聞こえない』の原作ですな。私はこの映画の試写会で初めてドリカムの生歌を聴いたこともあり、とても印象に残っています。
映画との違いはシンヤが耳が聞こえないという設定ではないことかな? 私は映画がかなり好きだったので読んでいて違う展開に驚いてしまった。
対人関係が上手くできない二人が顔が見えないという気安さもあって徐々に心を通わせていき、恋に発展する前段階での別れは切ない。
だが、もっと切ないのはリョウがシンヤ以外に頭の中の携帯で繋がることのできる存在。映画では彼女ともっと絡みがあったが、これくらいがちょうどいいのかもしれないと思う今日この頃。
■失はれる物語
■傷
問題児を集めた特殊クラスに入れられたオレは、そのクラスにやってきた転校生・アサトと仲良くなる。
アサトは人の傷を肩代わりすることのできる力を持っており、二人はその力で多くの人の傷を消していったが、仲の良かったシホが傷を押しつけたまま消えてしまったようにいいことばかりではなかった。
傷を肩代わりしていたアサトは誰よりも優しかったが、親に殺されかけたトラウマや戻らないシホの存在から生きていたくないと思ってしまい、交通事故にあった少年の傷を請け負ってしまう。
こいつは、読んでいて辛かった。
オレの家族環境もアサトの家族環境も酷く、何よりシホは最悪すぎる。私は女性には甘い人間であるが、この女だけは無理だ。
この物語の救いは二人が出会えたことにあると思う。
重度の傷を請け負い死にかけるアサトにオレは言うんだ。二で割ってはんぶんこ、って。初めに約束したことだけど、この状況で言えるのはすごい。
■手を握る泥棒の話
■しあわせは子猫のかたち
伯父の所有する家で一人暮らしをすることにした僕は、一人で暮らしているはずなのに当然のようにいつく猫に困惑した。なんでも死んだという前の住人の猫らしいのだが、猫は僕が面倒を見なくとも誰かに面倒を見てもらえているようだった。
不思議な現象はそれだけでなく、僕が探し物をするといつの間にか目につく所に置いてあったり、朝カーテンが開けてあったりなど。それが僕と死んだはずの雪村サキとの奇妙な同居生活だった。
僕に雪村の姿は見えなかったが二人と一匹の生活は安定したものだったが、猫が姿を消したことをきっかけにその暮らしは崩れることになる。
これは、確か『平面いぬ。』に収録されてたんだったかな? 以前に読んだことのある作品でしたので、今回はパスさせてもらっていたりする。
だってこれ、ボロ泣きした思い出があるんだもん。あらすじは思い出しながら書いたが、結構覚えているし。
ちょうど人嫌いをこじらせていた時に読んだ作品だったので、人と関わりたいないとか閉鎖的になっている人にこそ読んでほしい物語です。
■ボクの賢いパンツくん
友達の少ないボクは喋る白いブリーフ・パンツくんがいつも話し相手になってくれていた。だが、ボロボロになったことから母親がパンツくんを捨ててしまう。
「乙一オリジナルデザイントランクス」に書いてあった小説らしいが、どう反応すればw
少年はやがてブリーフからトランクスに履き替える。だが、あのパンツを忘れない。うん、格好つけて言ってみればこんな感じww
■マリアの指
恭介が猫から拾ったのは、電車に惹かれて自殺した鳴海マリアの指だった。指を探すマリアの恋人の手伝いをするふりをしながら恭介はマリアの死について考える。
今作で一番長い話だがあまり好きになれなかった。
これは私の人間性の問題でこのマリアに興味が持てないと言う致命的なものがあったんですよ。
恭介の、指をホルマリン漬けにして補完しつつ、恋人の指探しを手伝うという行動も分からんし。
だが、犯人が吐露した感情は分からなくもない。なんでお前だけがと思っても仕方ない状況だろうこれは。
■ウソカノ
彼女がいると嘘をついた僕はその一つの嘘のために様々な嘘をつくことになり、次第に彼女・安藤夏という架空の人物を作り上げてしまう。同じく嘘の彼女を作り上げていた池田と設定をより強固なものにするために協力するが、池田の彼女が嘘であることがバレた途端、彼は彼女を失うことになってしまう。
いわゆる脳内彼女。彼女の幻影が見え始める時点で病んでいると言うべきだろうが、この二人の少年を成長させた少女たちを、例え架空の存在であろうともおとしめる言い方はしたくない。そう思わせるほどのボーイミーツガールでした。
続けて読んでわかったことだが、乙一さんの物語は別れで終わることが多い。この物語で泣くことはなかったが、終わりの切なさは胸に来るものがありました。
では、今回お気に入りシーンへ。
今回は『マリアの指』より最後、今まで親代わりだった姉と別れて母親と暮らすことになった恭介と母親の会話。恋人にマリアの指を届けた帰り道、母は問い掛ける。
「ねぇ、結局、ここには何をしに来たの?」
「ええと、失恋……?」
僕がそう答えると、母は話を聞きたそうにした。その表情は姉の鈴木響によく似ていた。まだ冗談を言うときは緊張するが、いつか母とも親しくなれるはずだった。
「……っていうわけでもないのかもしれない」
正直なところ、私にとっての最大の謎が恭介という人物なのでこのシーンはいろいろなことが分からなかったりする。あまり多くは語れないが、彼の揺らがない姉への信頼感とかいろいろ。
彼の心境を知りたいのだが、彼の状況は御免だ。
失はれる物語
乙一
角川書店 (2006/06)
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