その後は、ずっと晴れ間を見なかった気がする。
読んでもらう当てのない手紙を書きました。
思えば、こんな無駄なことをしたのは二度目です。一度目は幼少期に亡くなった祖母に、今回はたった一度、それも三分にも満たない時間に会ったことがあるという方でした。憧れていた方でした。あまりの突然の訃報だったのでどうすればいいか分からず、こういう時の自分の行動はガキに戻るようです。
だから、自分はちょっと途方に暮れています。
ここに書くことではないと思ったのですが、自分がこの日を忘れないように書いとくことにしました。
■あらすじ
奥村圭輔は幼少期に火事で両親を失い、親戚の浅沼家に引き取られることになる。母の遠縁である道子、そしてその子ども達也には両親の生前から嫌なものを感じていた圭輔だが、引き取られてからは奴隷のような暮らしを強いられる。
そこから救ってくれたのは圭輔の友人・諸田寿人とその親戚である牛島夫妻だった。家族のように接してくれる彼らのおかげで立ち直り、弁護士としての働いていた圭輔の元に捕まった達也から弁護の依頼が入る。
■感想
ちょいと最近仲良くなった人から勧めてもらった本です。なんの前情報もなく読んだ本でしたが、なかなかに嫌な気持ちになる本でしたな。こんなことされたらもう死を覚悟して突貫するしかない。家族に手を出された時点で後先などないのだからな。
さて、始まりは圭輔の環境から。
普通よりも裕福な家庭ですくすく育った圭輔だったが、途中で引っ越してきた浅沼家の嫌な感じがひしひしと感じて序盤は辛かったなー。道子が母親に金をせびっているっぽいのが子どもの視線でも分かり、その子どもの達也は同年代ながらもエロ本とか薬でネズミを殺していたりと好きになれたら終わりだろう。
それでも我慢して親戚付き合いしていると、一緒に行ったキャンプで父親のナイフが失くなるという出来事が起こる。これは本気で嫌な予感だった。達也に自慢した後に失くなったからだ。私も幼少期に幼馴染みの兄貴がよく物を盗る人だったので、自慢することは命取りだと学んだ人間だ。このタイミングで失くなれば確実だろうさ。
キャンプ以降、頻繁に遊びに来るようになった達也と家から無くなるお金とおそらくコンドーム。
やんわりと達也を出禁にしてから、一週間預かってほしいという道子からの申し出。
ああ、ダメだ。絶対にダメだ。
きっと誰もが思っただろうが、親戚付き合いともなると断り切れないのだろう。大晦日の日、圭輔が達也と一緒に作ったカレーを食べた両親が早々に寝入ってしまった日に火事が起きた。
達也に起こされて助けられた圭輔だったが、両親はそのまま亡くなった。なし崩しのままに道子に引き取られることになり、金品やら金目の思い出の品は全て奪われた。
喪失の痛みが癒えぬままに圭輔は道子に言われるがままに後見人に指名してしまい、浅沼家で奴隷のような暮らしを強いられる。新しい服を買ってもらい圭輔が両親から貰い無くなったはずの電子辞書を持つ達也とは正反対に、風呂にも入れぬ暮らしだ。
もう電子辞書の時点で我慢の限界だろうよ。けれども、それを爆発させるだけの力がもう無かったんだよな。
中学で唯一の趣味である読書をきっかけに出来た友人・諸田寿人と圭輔が憧れていた木島未果のおかげで徐々に立ち直りかける圭輔だったが、達也が未果に目をつけてしまう。
だが、夏休みが明けて未果が転校した。達也たちに犯されていたんだ。寿人もその頃余所余所しく、唯一の拠り所を失った圭輔は追い詰められていく。
というのが一部なんだけど、いやー、鬱にしかならないね。この後、寿人が壊れた圭輔を見て泣くシーンがあるのだが、居たたまれない。寿人も助けられない理由があったのだが、それを優先した結果が友達のこの姿だなんて悔やんでも悔やみきれないよ。
二部からは弁護士・奥山圭輔の話。
国選弁護人を解雇して指名してきた達也に初めは会うつもりなど無かった圭輔だが、度重なる手紙に匂わされる火事の出来事。火事が起きた時に達也に唆されてタバコを吸っていたので弱みを握られていたのだ。あと、当時母親が達也の情欲の対象だったということもある。本当に殺したいな、こいつは。
達也が「圭ちゃんは短期だ」と言うように性格を利用し、道子と未果の妹である紗弓を利用して圭輔を証人に偽証を強要したと仕組んで貶めにかかる。裁判員裁判で犯行時間は義理とは言え自分の母親との情事をネット配信してましたなんて言ったらマスコミは食いつきますがな。反吐が出るがな。
ジャーナリストのアシスタントをしていた寿人も戻り、一緒に達也の事件を追っていくと出てくる出てくる達也の所業。沙弓も達也の舌先三寸で姉が犯されたのは圭輔のせいと思い込まされているくらい達也は人の心を掴むのが上手い。
だから、一つずつ証拠を辿り真相に辿り着いた時、全てが達也の思い通りに動いていたことにはおぞましさしか感じなかった。
その達也の計算違いは二人の女でしたな。
紗弓が姉の自殺の原因を知り、達也の強力なバックアップである道子をいつでも切り捨てられるつもりでいたことの証拠を握られ、達也の裏切りを知った道子には農薬を飲まされる。効力は達也がネズミで実験し、それで人も殺した急性パラコート中毒。数日間生死を彷徨った後で起きれば道子は既に自白済みと、因果応報なのでしょうが結末はちょっと呆気ないと感じてしまう。それが人間が味わうもっと苦痛なものの一つでも、と思ってしまうのは最近観た映画が『復讐者』とか『ハード・パニッシャー』だったりすることが起因するんだろうな。決して僕の趣味ではないはずだ、うん。
これから代償を払うとしても、奪われた家族は戻らないからな……。
なかなかインパクトのある表紙の本でしたが、ぐいぐい引き込まれて読んでいました。勧善懲悪、圭輔が主人公であると分かっていても一向に弱みを見せない達也の強かさには歯がみしたくなりましたが、寿人という手を汚してでも真実を暴こうとする友人の存在には救われましたな。
なので今回のお気に入りはどうして彼が好きなのか分かったシーンを。
ちょっと長いのだが、過去に道子の家から牛島家に引き取られることが決まった圭輔を迎えたときのことを思い出したところを。
中学一年のとき、ひとりも友人がいなくなって来る日も来る日もただ本を読むしか楽しみがなかった自分に、気さくに声をかけてくれた笑顔だった。泥仕合のあと牛島家にひきとられることが決まって、ささやかな引っ越しが済んだ夜に「よかったな」と肩を叩いてくれた笑顔だ。いままでなにひとつ、ただの一度も圭輔に見返りを求めたことのない笑顔だった。家族以外に、こんな人間と出会えたことは、奇跡のひとつではないか。
なんだ知らないのか圭輔は。そういう人をさ、家族って言うんだよ。
血の繋がりなんかじゃなく大切な人を家族だと認識する僕ですが、圭輔に寿人がいて良かったと心から思う。だからこそ、未果を守れなかったことが悔しいのだがな。
代償
伊岡 瞬
KADOKAWA(2016/5/25)